「まどか……あなたは優しすぎる。あなたはいつまで他人のために、自分を犠牲にしてしまうの?」
ほむらは声を振り絞って言った。
厳しい言葉をかける自分に憤りを感じるように、でもそれを言わなければならない自分を支えるように。
「あなたのその優しさで、救われた魔法少女がいる。あなたの願いで、安息の世界に導かれる魔法少女がいる。でも……あなたはどうなの?」
「ううん、だってこれが私の願い。すべての魔女を産まれる前に消し去り、すべての魔法少女の絶望を打ち消す。それが私が叶えた願いなんだよ」
「そう、あなたはどこまでも崇高で、どこまでも畏敬する人。他人を想い、他人の幸せを願い、他人を救うために願いを叶えた。私も、何度もあなたに救われたわ。そして……」
――何度も絶望してしまった。
繰り返した時間軸の分だけ、ほむらは絶望した。
まどかの魔女化を止められなかった。
まどかが死ぬのを止められなかった。
まどかが世界を滅ぼす存在となってしまうことを……
止められなかった。
「ねえ、まどか。私の願い、あなたに言ったことがあったかしら」
――あなたに守られる私じゃなくて、あなたを守る私になりたい
「結局、私の願いは叶わぬまま。あなたは神をも超え、その壮大な願いは宇宙の法則すら改変し、概念となってしまった。そして私の願いは、最後まで叶うことがなかった」
魔法少女の中で唯一、願いが成就されなかった少女。
祈りによって時間操作魔法を得た【だけ】の、宙ぶらりんな魔法少女。
守られる側ではなく、守る側になりたいと願ったはずなのに。
「心配しないで、あなたを責めているわけではないの。私の繰り返した過ちのせいで、あなたは終局の願いに至ってしまったのだから」
ほむらは、何とも言えない目でまどかを見ていた。
女神のようなまどかの姿を。
いや、女神そのものの姿を。
ほむらが繰り返した時間の超越で、壮大な因果を紡ぎ、全宇宙と全時間軸を支配する存在となってしまった鹿目まどかの姿を。
「でも幸い、私の魔法は時間操作。すべての時空を過去に戻すことは難しいけれど、ある一点に集中してなら、時を遡ることができるわ」
この無力な私の、時間魔法で――。
「まどか。そのソウルジェムは、すでに持ち主はいない。だから、その魂の宝珠にあなたの願いを吹き込み、新たな宿主として再びこの世に戻ることができるのよ」
「ほむらちゃん……」
「私はあなたの還りを待っていた。ずっとずっと、待っていた。あなたをこの世に呼び戻す魔法を生み出し、グリーフシードの転生を成す刻を待っていた」
ほむらの考えたグリーフシードの転生は、天生目ゆう子という実験で証明された。
ある一点に集中した時間遡行は見事に成功し、数か月間の時を戻して転生することができた。
「さあ、最後のグリーフシードと八咫の盾、そして魔法の使者であるインキュベーターが揃ったわ。今こそ、再臨の時を始めましょう」
再臨、それは再びこの世に現れること。
神をも超え、女神となった鹿目まどかをこの世に呼び戻すこと。
それが世界改変の後、ほむらがひたすら追い求めてきたエピローグだった。
しかし、
「ダメだよ、ほむらちゃん」
まどかは笑顔で、拒んだ。
「まどか! ……どうして」
「私の魂を呼び戻したら、円環の理は消えてしまう。そうしたら、また魔法少女は魔女を産み、絶望の連鎖は繰り返されてしまうんだよ」
「でも……私はこれまで、そのために戦ってきた。立ち止まることも、諦めることもしなかった時間の連鎖は、この時のため」
「ありがとう、ほむらちゃん。私はね、ほむらちゃんのそんなところが大好きだよ。ほむらちゃんは、いつだって私のために考えて、悩んで、導いてくれていたんだよね」
……けれど
「今の私の姿は、本当の私の姿じゃない。私は、限りない絶望を受け止めて、今はもう呪いの集合体でしかないの。みんなに見えているこの姿は、私の記憶が映すまぼろしなんだよ」
それは螺良あかねも言っていた。
――鹿目まどかは、数多の魔法少女たちの呪いを受け止めた、絶望の集合体
今の姿は、ほむらたちに見せている過去の記憶映像だと言う。
「今の私は、すべての呪いを受け止め、この世に戻さないように宇宙の外側を塞いでいる絶望の魔女。呪いが辿るのは円環の道だから、私がそれを受け止めることで決して人の世に戻ることはなくなっているの。だから、もし私がこの役目を放棄したら……」
「そんな……」
「だからね、私はこのままでいいの。これは私が望んだことだから、私の願いそのものだから」
「だけど、それじゃ……あなたが……あなたが救われない」
ほむらの声は悲痛に満ちた。
ほむらの願いは、まどかを守ることと同時に、まどかの幸せを願うこと。
これまでのすべての行動の、突き詰めた出口はそこだった。
しかし、まどかの還りは円環の理の消滅を意味し、それはきっと、終末を意味する。
「彼女の言うことは、もっともだね」
と、これまで誰もふたりの会話に入り込まなかった中に言葉を挟んできたのは、キュゥべえだった。
「なんですって?」
「彼女……鹿目まどかが担っている役割は、言わばこの世とあの世の橋渡しだ。この世の呪いを吸い上げ、魔法少女たちの魂を安息の世界に導く、ワームホールみたいなものだと考えればいい」
キュゥべえは、これまでの話を完璧に理解している。
「この世とあの世は別次元だ。時空の違う世界への行き来は普通はあり得ない。だからこの世とあの世を結ぶには、時空のある一点から別の離れた一点へと直結するトンネルが必要になる」
ある一部分だけが接する、二重の円を想像すればいい。
と、キュゥべえは付け加えた。
「中心円がこの世だとしたら、外円の外側があの世。その中間が、今僕たちがいる涅槃の世界にあたるわけだ。そして、円が接する部分には時空を繋げるトンネルがあり、それが円環の理ということだね」
あの世、それは安息の世界。
穢れの溢れた魔法少女や、魔力の尽きた魔法少女は魔女になることなく、魂は安息の世界に導かれる。
円環の理は、この世とあの世を結ぶ過程で少女たちの呪いを断ち切り、清浄な魂だけをあの世に運ぶ。
その役目を放棄するということは……まどかが抱える宇宙規模の呪い、この宇宙すべてを消滅させてしまうほどのエネルギーを、解き放つことになる。
「それと……」
ここまでの話は、円環の理という概念の有無を問うものだが、もうひとつ大事なのは
「君が目論むグリーフシードの転生には、鹿目まどかの願いが必要だ。だけど彼女はもう、これ以上の願いは望んでいない。君や、他の魔法少女たちを救う以外の願いは持っていない。だから天生目ゆう子のように、もう一度……というのは無理だよ」
「それじゃ……」
ほむらは目を伏せ、唇を噛んだ。
「最後のグリーフシードを手に入れたまではよかったけど、肝心の本人の意思がなければ成せない事だったね」
「まどか……」
「ほむらちゃん、ゴメンね。私の願いでほむらちゃんに悲しい想いをさせていたんだね。でも、ほむらちゃんにまた逢えて、本当に嬉しかったよ」
まどかの笑顔は、本当に嬉しそうだった。
誰にも干渉されず、ひとりで呪いを受け止め続けた歳月。
孤独と絶望だけが襲う時間のない時間の中で、概念としてだけ存在していた。
そんな中で、最高の友達との再会はどれほど嬉しいものか。
みんなの所に還りたい、そんな気持ちが微塵にもないとは言えない。
楽しかった日々も、憶えている。
もう一度、あの時に戻れたら……と考えないわけがない。
が、まどかはすべてを捨てて願った。
すべての魔法少女を救うため、願いを叶えた。
もう二度と戻らない覚悟を持って。
ほむらとまどか、ふたりの最後の出会いが終わろうとした時
「ちょっと待って」
その声は、さやかだった。
「ねえ、まどか。アンタの言ってることは正しいよ。確かにあたし達はアンタに救われたからね。魔女になることなく、魂を浄化してもらってさ。人として、魔法少女としての意識を失うことなくいられたんだと思う。でもさ……」
さやかはチラっと杏子を見て、それから周りの魔法少女たちも見回してから
「あたし達だってみんな、アンタがそんな目に遭うなんて望んでいないよ」
と、優しい声で言った。
「さやかちゃん……」
「あたし達は、自分の意思で魔法少女になったんだ。そりゃ、誰かさんが黙ってたせいで、そのうち魔女になっちゃいますよ~なんて知らなかったけどさ」
横目でその誰かさんを見たのは、ちょっとしたイジワル。
キュゥべえは無反応だったが、さやかは話を続けた。
「でもさ、みんな自分の願いを告げたんだよ。みんな、自分の願いを遂げたんだよ。少なからず、幸せな夢を見ることができたってのは、ホントの話」
杏子も、他の魔法少女たちも、さやかの言葉に反論はなかった。
願いを叶え、魔法少女となった代償はあまりに大きい。
こんな目に遭うなら……と、誰もが一度は考えたはず。
でも、【自分の力では絶対に起こせない奇跡と等価値】だったと思えば、誰もが一度は納得したのだ。
「だからさ、まどかだけが背負い込むのはやめようよ」
「そうだぜ」
杏子がすぐに続いた。
「そうよ」
他の少女も、続いた。
「そうね」
また違う少女も、続いた。
みな、口々にさやかの言葉に続いていった。
「みんな……」
「帰ってきなよ、まどか。アンタが受け止めた呪いがとんでもない量だってんなら、あたし達みんなに戻してくれればいい。アンタだけに苦しい思いをさせて、あたし達はキレイなお星さまでいられるなんて、そんなの奇跡なんかじゃないよ」
「でも、円環の理が消えたら、みんなまた魔女になっちゃうかもしれないんだよ? そうした魔女は、みんなが退治しなきゃいけない。また絶望の連鎖が繰り返されちゃうんだよ?」
「そんなの、やってみなきゃわからないだろ?」
「杏子ちゃん」
「誰も好き好んで魔女になっちまうわけじゃないんだ。そりゃ、たまには絶望することもある。たまにはヤケになって、悪いことばかり考えてしまうこともある。だけどさ、あたし達はそうやって大人になっていくんじゃないかい?」
やがて魔女となる少女を、魔法少女と呼ぶ。
かつて、キュゥべえは言っていた。
人間の少女が大人へと成長する生命(いのち)の摂理と同じく、ソウルジェムは成長段階の魔法少女の『生命』そのもの。
そして、やがてグリーフシードへと成るのもまた『生命の摂理』
かつて、マミもそう言っていた。
誰もが当たり前として受け止めていた摂理も、もしかしたら変わるかもしれない。
未来は誰にもわからないのだから。
「ねえ、やってみようよ。魔女になるだけがあたし達の未来じゃない。もう一度、みんなで笑って遊んでバカやって、時には助け合ってみようよ。その瞬間が、奇跡でも魔法でもない普通の瞬間が、一番大切なことなんだと思う」
一緒に登校して、話して、学んだ日々。
出掛けて、お茶して、買い物して、騒いだ日々。
笑って、泣いて、ケンカして、仲直りして、また一緒に過ごした日々。
まどかやさやかだけではない。
みんなにあった普通の日々が、それぞれの脳裏によぎった。
「それを教えてくれたのが、それを思い出させてくれたのが、まどかなんだよ」
まどかを見つめる少女たちは、みな同じ顔をしていた。
それは、さやかの言葉に、杏子の言葉に、みな同じ想いを抱いたからだった。
まどかの奇跡によって呪いと絶望を打ち消された少女たちは、もう誰も恨んでなんかいない。
もう誰も呪うことはない。
涅槃の星として世界を見つめ、まどかを見つめ、自分自身を見つめたきた。
誰もがまどかに感謝し、いつか報いることができないか、とも思っていた。
まどかが抱える呪いの量、宇宙をすべて滅ぼしかねない負の力も、みんなでちょっとずつ分け合えば受け止められるのではないか。
「ありがとう。みんな……みんなありがとう。私なんかのために、みんながそう言ってくれるなんて……」
「ほら、ここからはお前の仕事だろ、ほむら」
ニカっと笑う杏子にポンっと肩を押されて、ほむらは一歩前へ出た。
続く
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